不思議な部長

kemmi

2010年08月18日 21:33


初めて勤めた会社は電気設備の会社で経理担当として採用された。
面接をしてくれたのが総務課の部長。
後に私の上司になった不思議な人だった。
面接は難しい質問もなく世間話を交えた簡単なものだった。
この時私はこの部長に履歴書の字を褒められた。
私は字が下手なのがコンプレックスで学生時代も
字は一度も褒められたことがなかった。
変な人だなと思った。
実は通っていた専門学校で履歴書は大切だからと
ペン習字の授業があり履歴書は何度も書き直させられた。
数週間後に採用の通知をもらった。
絶対字で採用されたと焦った。
突然字が上手くなることはないがペン習字の教科書を引っ張り出して
入社日まで練習していた。

私が入社した会社は本社が大阪で九州、東京に支店があり
北海道内にも営業所が2箇所あった。
札幌支店の規模は社員が40人位だった。
仲良くなった先輩に面接で字を褒められて字が下手なので
どうしようかと思ったと話したところ
私が面接から帰った後この部長が私の履歴書を周りの社員に見せて
見てごらん、こんなに上手い字を書いていると言ったと話してくれた。
先輩は元気のある字だなと思ったが部長が絶賛するほどではないと思った。
さらに先輩が教えてくれたのは部長は書道の段を持っていて
自宅で生徒をとって教えていると。
さらに謎が深まった。

電気設備会社では年に何回か安全大会というのがあり
営業所や他の取引会社の社員も集まる。
その時に第何回安全大会と大きく書かれたものを用意する。
それを書くのは部長の仕事なのだが
私に書いてごらんと言う。
いつも必死にお断りして一度も書かずに済んだが
どこまで私の字を買いかぶっているのだろうと冷や汗をかいていた。

女性社員の更衣室は3階会議室の奥にあった。
仕事が終わって3階に向かっていると変な音が聞こえてくる。
何の音だろうと思いながら会議室のドアを開けると
中で部長が尺八を吹いていた。
そういえば趣味が尺八だとは聞いていたがこんな所で練習していたとは。
部長は私が入ってきても顔色も変えず尺八を吹き続けていた。
翌日先輩に話すとたまに出くわすよと言われた。

この部長は九州出身でたまに九州支店の社員と電話で話していることがあった。
それが熊本弁なのか鹿児島弁なのか思い出せないのだが
自分のことを「あたい」と呼び楽しそうに話していた。
私にはあたいしかわからずあとは何を言っているのかさっぱりわからなかった。
営業には岩手出身の人もいてこの人の岩手弁も全くわからなかった。
高校生で奈良京都までしか行ったことがなく本州に友人も親戚もいなかったので
何もかも驚くことばかりだった。

入社したての頃、仕事でわからないことがあり部長に尋ねにいった。
しかし順序をまとめて話すことができず自分でも何を言っているのか
わからなくなってしまった。
部長は顔色も変えずに一言。
「自分の席に戻って何を聞きたいのか整理してからもう一度来なさい」
部長のこの言葉によってそれから何を聞きたいのか
自分の言うことをまとめてから質問できるようになり
今でもありがたいと思うアドバイスだった。

常にマイペースで飄々としていて定時には退社。
たまに飲み会でお酒が入ると自分のことをあたいと呼ぶ面白い部長だった。
私が5年後退社する前に九州支店に転勤になった。
今でもお元気なのかわからないが不思議な人だった。

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